みちのくの風景より~気仙沼大島・陸前高田・大船渡
シビックフォースで大島での支援を担当する簗瀬さんに連れられ、島内の被災状況や支援状況をご案内いただく。同団体は米国よりトレーラーハウスを輸入して、避難者や支援団体の住居として活用するために被災地に提供しており、大島にも14台が届いていた。今後は被災地の困りごとの一つである買い物需要に対応するための店舗としても活用を考えたいということである。

続いて、大島の災害対策本部の白幡本部長をはじめとする幹部の皆様に復興活動に関するヒアリングを行った。やはり国や県など行政の対応の遅さに対する不満や雇用への不安が強いようである。

午前のうちに大島を出発し、件のフェリーで気仙沼市街へ到着。ピースウインズジャパンの備中さんにご案内いただき、岩手県に入り、陸前高田の被災状況を視察した。ニュースで見聞きする通り、町が丸ごとなくなっている。広大な廃墟に圧倒されるばかりで言葉は出ない。

その後、先日弘前市議になったばかりの松下政経塾の後輩である菊池塾員(塾OBの意)が遠路はるばるかけつけてくれ合流した。
大船渡では、魚市場の佐藤常務らにお話をうかがう。水揚げした魚を氷づめにするための大きな箱(名称は不明。)が津波によって、1000箱のうち9割を流されてしまったのだが、ピースウインズは、その箱(一つが6万円~10万円)の提供など、漁業再開へ向けた支援を実施している。
すでに最盛期(年間5~6万t)の数十分の一であるが、一日5~6t程度の水揚げを開始しており、競りも始まっている。ただ、黒潮に乗ってやってくるカツオの漁で有名なこの港町もまた放射能汚染の問題が行く手に大きく横たわっている。

その後、陸前高田に戻り、ピースウインズジャパンが物資援助を行う仮設住宅を訪問。入居を数日後に控え、ボランティアの方が物資の運び込みを行っていた。

大西代表以下、ピースウインズの皆さんとはここで別れ、私と菊池塾員とは陸前高田市街ならびに気仙沼市街の被災状況をつぶさに見て回った。気仙沼など水産加工場が被害を受けた地域は、匂いとハエの大量発生が問題になっており、これからの季節、さらなる状況の悪化が懸念されている。

夕刻に再びフェリーで大島に渡った。この日は、避難所にもなっている大島休暇村に宿泊し、翌日の大島でのボランティア活動に備えるのだ。東京から来て二日間行動を共にした日本経済新聞記者の北角さんも引き続きご一緒することとなった。
休暇村では、被災され、家を失い避難生活を送るお母さん方が、テラスでフキのスジ取りをしていた。そこに我々三人も飛び入り参加。ワイワイやりながら、慣れない手つきでフキを剥いた。

皆、避難所にお世話になってばかりでは申し訳ないから、自分たちでフキを採ってきて、食材として厨房で使ってもらおうということらしい。
驚いたのは、その明るさ。皆、家や仕事場を一瞬にして流され、ご近所の知り合いが目の前で流されていくというすさまじい体験をしたにもかかわらず、しょんぼりしていても始まらないという意識のもと手を取り合って、笑い合って、前へ向いて歩み始めている。
強いなあ。






































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ワールドクラスな、島ユースたち。
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青春とは心の若さである。
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