そして、それはつながった。
先日、タケダさんが予告したとおり、
本日朝8時ころ佐島と生名(いきな)島を結ぶ生名橋がつながった。
7時前くらいからクレーン船がゆっくりと動き始め、
途中時間が止まったかのようであったが、
最後はごくあっさりと、
収まるべきところに収まるべきものが収まって、
そのショーは幕を下ろした。
橋からやや離れた弓削の海岸からは、
クレーン船のエンジン音も聞こえず、ただただ静かに作業が流れ、
時代が変わっていくのを見届けるような気持ちになった。
これで、弓削島から生名島まで上島町内の三つの島が結ばれた。
この大型ハード整備の島にもたらすものが何なのかは、
まだわからない。
↑ 新旧交通手段の交代劇。
手前はこれまでの島民の足、青丸フェリー。
橋開通後に廃止される。
どのような気持ちで橋の勇姿を見つめているのだろうか?
車を持つものにとっては橋は一定の利便性をもたらす。
その陰に見落としてしまっているものはないだろうか?
青丸は何も答えず、いつもどおりただ静かに、
いつもどおり定刻をやや遅れて過ぎ去った。
↑今日は、新学期の始まり。
青丸で生名島から弓削中学へ登校する生徒たち。
昨年、生名中学は、弓削中学に統合された。
橋がつながれば、小学校も統合されるだろうか?
↑ パズルのラストワンピースがはまった。
by へっぽこ代表











いつも楽しく拝見させていただいております。昨年3月、従兄弟の1周忌で訪れたときはまだ、橋げただけで、これから本番なんだと思ってみておりましたら、あっというまに完成したんですね。でも、いつもそうですが、本四連絡橋が開通した時も、愛媛汽船・土生商船の減便⇒廃止となり、今は快速船と尾道弓削クルージングを残すのみとなりましたが、『昔から慣れしたしんだ船が、又、消えていくかと思うと便利さも良いけど、何か一つ考えて残して欲しい。』そう思うのは、私だけでしょうか・・・。その昔、寺の坂から見えてた青丸・久司浦の波止が浅すぎて座礁した朝一番の第5青丸・子供の頃、夏のある日、久司浦からでる青丸から飛び込んで見たり・・、宮波止から夕日に追われながら行くのを見てました。
さみしい限りです。
投稿: GOTAIMARU | 2010年9月12日 (日) 20:35
>GOTAIMARUさま
コメントありがとうございます。
僕は現在久司浦住民ですが、それらの光景を見たことがありません。
想像するだけで、生活のにおいや人のぬくもりが感じられる美しい光景です。
開発がすべて悪いとは思いませんが、経済か無かという考え方のもとに消えていった美しい景色がたくさんあるのでしょうね。今はその経済すらあやしいですが・・・。
嘆いてばかりいても仕方ないので、今は今の美しい光景を創造したり、守り伝えたりすることをしていかなければなりませんね。
がんばります。
投稿: へっぽこ | 2010年9月12日 (日) 22:21