先日、佐島の西辺(にしべ)の浜で、益田さんというおっちゃんに会いました。
益田のおっちゃんは、以前佐島でビーチコーミングをやったときに出会った浜田のおっちゃんと一緒に、
西辺や福羅の浜をよく清掃するのだそうです。
「今度の日曜は、福羅の浜のそうじをするんよ。」
という話だったので、眠い目をこすりながら作業着で出かけました。
福良湾は無人島に囲まれた静かな入り江で、
夕日がとてもきれいで、都会からお客さんが来るとよく連れてくるのですが、
皆さんとても喜びます。
そんな素敵な場所がごみで汚れてまうのは悲しいことであり、
この場所で気持ちよくなれるのは、
掃除をしてくれるおっちゃんたちがいるからだと思い、
誘われたわけではなかったけれど行ってみたのです。
掃除をするのは福良湾でも少しはじっこの方で、
普段なかなかいかない辺りなのですが、
その辺りにごみがたまっているのは以前から知っていました。
すでに益田のおっちゃんをはじめ、何人か掃除を始めており、
その後もぽつりぽつりと集まってきました。
今回の清掃は、5月4日の佐島の島四国(島内のお遍路さん)の日のために、
福良湾の先の岬にある「お大師さん」(弘法大師を祭った祠)に行くための参道となるこの浜が、
漂着ゴミで汚れているのは余りに忍びないということで実施されました。
1年に1度は一斉清掃するそうですが、
自然漂着するごみが1年でここまでたまるものなのかと疑ってしまうくらい、
まるで人為的にそこに廃棄されたかのようなごみの山がそこにはありました。
岬近くの辺りまでは道がなく歩いて往復しづらいので、
別動隊が清掃して袋に詰めたごみを船でポンプ輸送。
詰め込んだごみの袋の山がみるみるうちに大きく積みあがりました。
益田のおっちゃんは、
「みんな、お大師さんにどんだけおかげもろたかわかんのに、
忘れちゃうんよな・・・。」と言ってごみを拾い続けていました。
岬のお大師さんは、かつて海が荒れて遭難した船の乗組員を何度か救ってくれたのだそうです。
お大師さんへの感謝の気持ちから浜辺をきれいにする。
僕は、その言葉の透明感に説明し難い感動を覚えました。
「おかげできれいになりました。ありがとう。」
という益田のおっちゃんのお礼の言葉でこの日の掃除は終わりました。
お昼過ぎまで頑張りましたが、それでもごみを拾いつくすことはできませんでした。
かつて僕は研修で、佐賀県多久市のごみ収集・処理を体験しましたが、
その時感じたのは、ごみを減らそうと思うのならば、
市民全員が一度でいいからこのごみ収集・処理の体験をすることだということでした。
そのくらいごみの量が多く、そしてごみ収集処理の作業が大変だったのですが、
今回も島の人たちだけでなく、ごみの発生源である消費生活を謳歌している、
我々を含めた消費者全員が、このごみの現場を、この美しい浜辺がごみで汚れている光景を、
一目でも見たらこんなことにはならないのではないか、ということを思いました。
ごみを減したり、清掃したりすることは、
直接的には利益にならないけれど、
自分の住む地域の美しい光景を守ることは、
目に見えぬ大きな効用を人々の心にもたらすことでしょう。
なんて言ってると、「まず自分の部屋から片付けなさいよ。」
という妻の声が聞こえてきそうですが・・。
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ワールドクラスな、島ユースたち。
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青春とは心の若さである。
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