旧友に久しぶりに会うというのは、それだけで気持ちが若くなるものだが、
さらにその旧友が「いい仕事」をしているとなると、
ますますもってその再会は刺激に満ちて充実したものになる。
昨日、そんな旧友に一年ぶりに会った。
工藤隆成(くどうたかしげ)38歳。中学・高校時代の同級生だ。
昨年、独立して「職人工舎」という住宅建築グループを立ち上げ、
日々県内各所にある現場を駆け回っている建築士である。
彼は、建築士でありながら、哲学者である。と僕は思っている。
タカシゲと仲良くなったのは高校時代。
同じ中学出身者が少なかったことと、
一年の時、中高通じて初めて同じクラスになったことで親しくなったのだ。
しかし、二年時にタカシゲは理系のクラスに行き、僕は文系。
1学年450人。10クラスもある学校の中で、顔を合わせることも少なくなった。
まして卒業してからは、どこで何をしているのかすら知らなかった。
だが僕はタカシゲのことがずっと気になっていた。
もちろん同郷のよしみというのもあるが、
彼はそれほどまでに気にならせる何かを持っていたのだ。
高校時代のタカシゲは何というか、奔放で枠に捉われぬタイプ。
努力もするが、どちらかというとひらめき型の人間で、
滅茶苦茶なんだけど人を惹きつける魅力があった。
進学校の成績上位にいながら、
周りが受験勉強に没頭し始めるころタカシゲは遊びに没頭し、
一人暮らしを始め、カラオケボックスの店長となって生計を立てていた。
僕はそういう一般常識的にいえば破滅型な彼を見て
口では「何やってんだ、あいつは。」と言いつつ、
自分にはない大きなものを彼に感じ、心のどこかでうらやましく思っていた。
だから、高校時代の後半はほとんど疎遠になっていたにもかかわらず、
卒業してからもどうしてるか気になってしまったのだ。
「きっと、あいつはとんでもないチャンスを手にしてビジネスを成功させてるか、
とんでもないことをしでかして大阪湾あたりに沈んでいるかのどっちかだろう。」
と想像を働かせた。
実際はそのどちらでもなかった。
しかしながら、とても嬉しい形で僕の予想を裏切ってくれたのである。
突然の再会は、昨年の正月に出向いた同窓会。
18年ぶりに(つまり卒業時までの人生と同じ時間を過ごした後に)
出会う懐かしい面々の中に、タカシゲの姿を見た。
先に見つけて声をかけてきたのは彼の方だった。
その声と笑顔は18年前と変わらぬ人懐っこさにあふれていたが、
高校時代にあった先の尖った荒々しさが抜け、
仏様のように柔和な面持ちになっていたことに、
驚きを覚えると同時に、18年という歳月の長さを感じた。
僕は18年分の疑問を解決すべく、タカシゲの話に耳を傾けた。
高校時代、カラオケのバイトですでに月30万円を稼いでいた彼は、
世の中、チョロいもんだとばかりに、
大学へは行かず、神戸で様々な事業に手を出した。
しかし、順調だったのは最初のうちだけで、バブル崩壊も手伝って、
目の前に残ったのは借金の山だった。
まさに夜逃げ寸前の状況であったが、彼は逃げなかった。
ボロアパートに住み、また日雇から始めて借金を少しずつ返していった。
ところが1995年1月17日未明に彼の人生観を変える一つの出来事が起こる。
阪神・淡路大震災である。
彼は、その日たまたま仕事で自宅である木造二階のボロアパートの部屋にいなかった。
帰ってみるとそのアパートは跡形もなく崩れ去っていた。
そこに住んでいたのはほとんどが学生で、一緒に酒を酌み交わす仲だったという。
その仲間たちが建物の下敷きとなって亡くなってしまった。
戦慄が体を走った。
しかし時間がたつにつれて、自分が生き残った奇跡を思うにつけ、
「自分は生かされているのだ。」と考えるようになる。
何かをなすために自分は生かされている。
仲間たちの分も生きて自分は何かをなさなければならない。
その彼が選んだ道が建築の道だ。
震災当時、めちゃくちゃになった神戸の街を歩き、
倒壊した建物とそうでないものをつぶさに見て回った。
明確にそれが建築士を目指すきっかけになったわけではないと彼は語るが、
その後の彼の歩みに多大な影響を及ぼしたことは間違いない。
昨日彼からもらった施主向けの案内資料の中に「耐震に関する余談」という項があり、
そこにこうある。
「その時、私は神戸市東灘区のアパートで地震を体験して、
信じがたい光景を目の前にして
その中で、小さな犬小屋や納屋が無傷で残っている姿
高層集合住宅の階層切断、中高層RCビルの分解、
高速道路や橋梁等の崩壊等
現実に見たときの驚きは、
夢の中で戦時中に紛れ込んだ自分がいるような雰囲気で
受け入れがたい光景でした。」
彼はその後、大手ディベロッパーなどで経験を積み、
数年前から郷里・愛媛へ拠点を移して、
大手に籍を置きつつ、大工や左官など職人のネットワークを築いていった。
住宅メーカーのみならず、大きなビルなどを手掛けていた大手建設会社が
かつては見向きもしなかった一般住宅市場に参入し、
規格化され商品化された住宅づくりと低価格競争が市場を席巻した。
各地にいる職人たちが仕事を奪われていく現状を、彼は様々な現場で目にしてきた。
一方で、神戸の仲間の分まで与えてもらった生に思いをはせる時、
生きることの意味や人間らしさが薄れてゆく現代社会のあり方に疑問を抱くようになる。
このままではまずい。
彼は次第に、自分の仕事を通してもう少し人間らしい社会を取り戻せないかと、
考えるようになった。
かつての住宅建築の世界は、大工の棟梁を頂点とする職人社会で、
厳格な上下関係は現代社会にそぐわない部分も多く、
決してスマートさはないかもしれないが、
厳しくも温かい密な人間関係があり、支え合いや学びの場でもあった。
施主との関係も単なるビジネスではなく、
家族の夢を語り、その後の数十年家族と共に生きていく住まいを一緒に作る
共同作業であった。
何より地域に密着していた。
地域の人とともに生き、地域の材を使い、
地域の環境に合った住まいづくりのノウハウを蓄積してきた。
それが今、消えようとしている。
効率化や経済性、機能性を追えば、当然ながら大手のプレハブ技術にかなわない。
材は安価な輸入材が市場にあふれ、日本の森林は荒れている。
このままでは、職人の文化も、知恵や技術も、日本の森もダメになってしまう。
手作りの温もりも忘れられてしまう。
これらを何とか継承しなければ、人間社会自体がダメになるだろう。
タカシゲは独立する決意を固めた。
大手は様々な部材をユニット化し、住宅の規模に応じてそれらを組み合わせるから、
時間も、無駄なコストもかからない。
しかし、手作りの大工の家は、注文に応じてゼロから作るから、
その都度かける手間も、材料も、人数も変わってしまう。
コストがかさむのは当然である。
大勢の人数を抱えておくわけにはいかないから大きな仕事は受けられないし、
逆に人を抱えてしまうと、人材の余剰が生じるので小さな仕事を受けられない。
それならば、とタカシゲは考えた。
個人や小規模事業者の職人たちをネットワーク化し、
受注ごとに規模に応じたプロジェクトユニットを組むようにすればいいのではないか?
そうすれば余剰人員を抱えなくても、大きな仕事にも対応できる。
コストは管理費用を抑えられる分、大手に十分対抗できる。
工期の短さでは勝てないが、しかしその分、多様なニーズに柔軟に対応できるし、
何より手作りの家の温もりを知ってもらえる。
温もりのある家は温もりのある家庭を築く。
需要は必ずある。
仕事があれば、職人の文化も、地域の環境に合わせた技術も生き残らせることができる。
この数年間に築いてきた職人たちとのつながりを活かし、
思いに共感する職人数人に呼び掛けて、昨年「職人工舎」の立ち上げに至る。
ゆくゆくは県産材の育成や森づくりも視野に入れている。
「年収200万円を切る若者が、最後の駆け込み寺の様に相談に来る。
家は建てた後にも色々お金がかかることなどを伝えるが、
それでも建てたいという答えに、心配になりつつも、夢が感じられて嬉しい。」
おそらく彼の思いや姿勢、彼の手がけた家のすばらしさが噂を呼んで、
遠くない将来、さばききれぬほどの注文が「職人工舎」に来るようになるだろう。
でも「慌てない。」と彼は言う。
「木と一緒よ。急いで大きくした木は、スカスカになるんよ。
中身以上のものは見せられん。中身以上に見せようとすると絶対無理がいく。
カネトウも急ぐなよ。」
前述の施主向け説明資料の最後のページはこう締めくくられている。
「人間は霊長類といいつつ、
自然の素晴らしい原理の中で共生させていただいている小動物です。
ただ生きる。ありとあらゆる恩恵を受けながら。我の良心に従って。
うしろめたさの少ない心地よさを求めて。」
「うしろめたさの少ない心地よさ」は彼の持論で、
現代社会は「うしろめたさの伴う心地よさ」を求めすぎて歪みが生じたのだという。
大いに賛同できる。
でもこの文章だけ見てこれが建築屋の説明資料だとわかる人間は一人もいないだろう。
思わず吹き出しつつ、かけがえのない友を持てた幸せに感謝した。
別れ際、島のレモンと海苔のつくだ煮をお土産に渡すと、
「何もあげられるもんがないなあ・・」と仕事道具のびっしり詰まった
軽のバンを探って、よく使い込んだ小さな水平器(冒頭の写真)を引っ張り出してきた。
「これ便利だよ。」
「水平を取る機会があんまないんだがなあ。」
と笑いつつ、有難く受け取った。
それがとてもタカシゲらしく、とても素敵な贈り物に思えたからだ。
自分の気持ちが傾きかけたら、この水平器を引っ張り出して、
頑張っている友の姿を思い浮かべながら、初心と「心の水平」を取り戻そうと思う。
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青春とは心の若さである。
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