織るということ。
寒いこの冬の中でも、今日は特に寒かった。
もっとも、「今日は特に寒かった。」という言葉を、
この冬すでに何度使ったことだろう。
とにかく強風で予定されてた「どんど」が延期されたし、
(竹やわらで組んだ塔で古いお札やお飾りを燃やす行事。
僕の育った周桑地方では「とうどうさん」と言ってたと記憶する。)
昼間はなんと雪が舞った。
移住する前、島には雪は降らない、と聞いていたのだが、
この冬、すでに三回は雪が舞うのを見ている。
瀬戸内の島という温暖なイメージから
雪を連想できる人はそう多くはないと思うが、
僕にしたって「どうなっとんな(弓削弁で、どうなってるんだの意)、
この島は?」と
言いたい気分である。
しかし子供というのは元気なもので、
我が息子・玄(はじめ・1歳9か月)も降る雪を喜び、
「パンポ(=散歩)、イク?」と言いだしてきかないのでしぶしぶ外へ出る。
手袋が見当たらず代わりに靴下を手に履かせてみたら、
本人もまんざらでもなさそうだったので、
靴下を合計4足履いた幼子を連れて神社まで歩くことにした。
かれこれ11、2Kgにはなっただろう息子を抱いて歩いたおかげで、
帰る頃にはすっかり体があったまった。
さて、この寒空の下、船に揺られてお客がやって来た。
今日は、カフェにも「テレビや新聞を見た。」というお客様が、
島外から何組も来て下さったようである。
(お越しいただいた皆様、わざわざ遠方より有難うございます。
カフェにいなくてすみませんでした。)
僕を訪ねてきたくれたのは、今治でタオル業を営む宮崎陽平さん(30)。
(ブログはこちら。http://www.yo-hei.com/)
宮崎タオル株式会社を営む先代(ご尊父)を数年前に亡くし、
若くして会社の経営という重責を引き継いだのだ。
ついでながら、今治は昔から造船とタオルの町として知られる。
造船は、日本最大の造船会社である今治造船の本拠地でもあり、
現下は急速な世界不況で先行きは不透明ながらも、
ここ十数年は、世界的な生産・消費市場の拡大、物流の膨張の波に乗って、
今治という町を様々な面で支えてきた。
一方、タオル産業は日本一の産地としての地位は保ちつつも、
実質は、世界の工場・中国の製品に取って代わられ、
かつて500社あったタオル業者は100社ほどに激減してしまったという。
造船とタオル。
長年同じ町の基幹産業でありながら、グローバル化の影響が
これほどくっきり明暗を分けてしまった例も珍しいのではないか?
宮崎タオルもその例にもれず、
陽平さんが事業を引き継いだ時はかつての売り上げ規模の数分の一となって、
このままいくと倒産、というところまで来ていたという。
彼は、先代が手がけた「日本初のコットンマフラー」に重点特化し、
事業をスリム化した。
若くして、従業員数を減らすという経営者としてとても辛い決断も下した。
その努力の甲斐もあり、昨年のショール・ブームなども手伝って、
業績は上々のようだ。
コットンマフラー自体は、類似商品がたくさん出ているが、
それは先代がそのことで皆が潤うならどんどん真似してほしいという
意向であったことにもよるようで、
陽平さんはその意思を尊重しつつ、
今治というかつて輝いていたタオル産地が
もう一度誇りを取り戻すようにと願いを込めて、
「イマバリタオルマフラー70」(70は、軽さたったの70gの意。)
という名称にしたり、
2007年には、グッドデザイン賞をとったりと、
オリジナリティを高める努力を怠らなかった。
そんな陽平さんがなぜ突然に(ほんとに今朝突然連絡があった)
島へ来たかというと、
たまたま僕の懇意にしている東京のデザイン事務所
agasuke(当サイトも手掛ける)
のデザイナーが、あるクライアントを通じて陽平さんと知り合い、
僕のことを紹介してくれたらしい。
正月に島へ来てくれた高校の同級生のよっちゃんが、
たまたま陽平さんのブログを読んでいて、
「今治にも面白いのがいるぞ。」と話してくれたばかりだったので、
僕は偶然の重なりに驚いてしまったが、
当の本人は、拍子抜けするほど実に自然体の飾らない御仁で、
この寒空の下、因島に車を置いて、自転車で船に乗り込んでやって来た。
聞けば今治西高の後輩で、
当時は勉強の意味が見いだせず勉強嫌いであったそうだが、
経営者となってからは、自ら必要を感じて経営について
勉強するようになったという。
今は誰憚ることなく「勉強が好きなんですよ。」と言うほどだ。
松下幸之助翁の本やCDも彼の中のヘビーローテーションのようで、
幸之助談義で盛り上がった。
高校球児を引き合いに「熱意」の大切さを翁が語ったくだりが、
陽平さんの胸を深く打ったらしく、
その感激を、まるで今初めてその言葉に出会ったかのように
みずみずしく語る彼の表情には、
松下翁が最も大切にした「素直な心」がにじみ出ていた。
彼は、自社の事業を発展させつつ(あるいはそのことを通じて)、
寂れ行く今治の輝きを取り戻したいという思いが強くあるようで、
彼と気脈を通じる仲間たちが彼の周りにいるようである。
僕も、知りうる限りのネットワークを彼と共有して、
彼がオーガニックコットンでやさしいマフラーを織るように、
静かな笑みの中に熱い思いを燃やす彼のような人たち同士を
縦と横の糸にして、
力強い息づかいを感じる社会を共に織りあげたいものだと思った。




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ワールドクラスな、島ユースたち。
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青春とは心の若さである。
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