希望の島プロジェクト 仲間たちのブログ

2008年12月

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今日のもらいもの~おから、牛乳、げんちょう、たこ、いか、グチ

 こんにちは。へっぽこ代表が出張している隙に代表のブログに失礼しております。へっぽこ代表の家族なだけにへっぽこ、へっぽこ家内です。

 さて、我々へっぽこ家族は誠にありがたいことに本日もいただきものライフ。昨日から、お隣の坂本さんには玄くんにと牛乳、そしてグリンピースを入れたというとてもモダンな手作りのおから、ご近所の漁師さんたちからは、たこ、いか、げんちょう、グチをいただきました。

 いつもいただいてばかりでは心苦しく、何かお返しを・・・などと考えるのですが、そんなことをしようとすると「畑にできたものをあげているだから」「海で獲れたものをあげているだけだから」水臭いと、却って叱られてしまいます。自然からもらったものは惜しみなく分け合う、弓削島の人たちです。


 ご近所さんに魚をいただくようになり、島に移住して慌てて買ったものは出刃包丁です。炊事担当のわたくしは台所に入り、本当にこれで大丈夫なのか?と自分の包丁さばきに首をかしげつつ、手探り、自己流にて、様々な魚のはらわたを取り、2枚、3枚にとおろしております。

 しかし、東京や鎌倉のスーパーで買っていた、あの薄っぺらい、肉より高い魚たちはなんだったのでしょう。

 こちらの魚はズシリと重く、目もうろこもテラテラ美しく輝いています。昨日はモンゴウイカをおろしつつ、台所に立つ者の特権で、ちょいと切った端を刺身にとしゃれこみ、ひとくちぺろりつまみ食いいたしました。

 その身は厚くとろりと甘く、そうか、イカっておいしかったのね・・・と今までのイカ感を一瞬にしてくつがえされたのでございます。そして今日いただいたグチは、おろしたものをそのまま塩焼きにして息子と一緒に晩御飯のおかずに。こちらもほろりとやわらかく大変においしゅうございました。


 外から来たわたしたちには島の暮らしは大変に新鮮で、自然の恵みにただただ感じ入るばかりなのですが、弓削島に生まれ育ったご近所の漁師さんたちは、たった数十年の間で漁獲量は格段に減ったと口を揃えておっしゃいます。

 そしてそれは、都市部への人口流出などによる耕作地の減少で、かつては何らかの形で手入れされていた山が荒れ土地が痩せてしまった結果、地下水として山から海へ流れ込んでいた有機物が供給されなくなったからではないか、と考えていらっしゃるようです。山と海はつながっているのです。

 人の手が入らなくなった弓削の山には、竹や葛が繁殖し、昔は漁の途中で振り仰げば実った実でみかん色に染まっていたという山は、山頂まで緑色に侵食されています。


 景色が変わり、いきものが変わった弓削島ですが、「おすそ分け」はきっと変わっていないもの。昔からそっと息づいている慣習、そして人の心に囲まれ、今日も無事暮らしているへっぽこ一家であります。(へっぽこ家内)

今日のもらいもの ~ 大根

今年5月に島に移住してからというもの、
右も左もわからぬ移住者を憐れんでか、小さな子供がいるからか、
はたまたよっぽどひもじそうに見えるのか、
ほぼ毎日というと大げさかもしないけれど、それに近い頻度で、
取れたての魚やら、野菜やら、果物やらを、
ご近所さんや顔見知りになった方々からいただいてきました。

振り返ってみたらホントに沢山のご厚意に甘えてきたわけで、
感謝してもしきれませんが、今思えばこれを全部記録しておけば、
島の旬もわかるし、交流の歴史が振り返れるしよかったのに・・・。
なんて思うのですが、今となっては後の祭り。

とりあえず思い立ったが吉日で、
今日からちゃんと記録しようという次第です。
ええ、なるべく。できるかぎり。(弱い決断やな・・・)


さて今日は、お向かいの坂本さんに大根をいただきました。
「今年は大きいのがならんので申し訳ないけど・・」
とおっしゃってましたが、坂本さん、それ違います。
申し訳ないのはウチですよ、ウチ。

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坂本さんは、「ゆげ夢ランドの会」という
島の方々数百人で取り組む環境NPO活動の
メンバーでもあり、EMを使った島の海浜土壌改善などを行ってます。
EMは畑の土作りにもいいようで、
農薬や化学肥料を使わずに元気な野菜を育てておられます。

ただ今年は、イノシシ旋風が島に巻き起こり、
平地の畑も相当被害を受け、
坂本さんが頭を抱える姿も何度か見ました。


それにしても頂いた大根は、とてもみずみずしく、
鍋でアツアツになったところを想像してよだれが出てまいりました。
お礼を言った時に「じゅるっ」と聞こえてしまったかもしれません。

坂本さんは、本日、久司浦地区の方々9名で、
cafeにも来ていただきました。
また玄(はじめ=うちのチビ1歳7か月)のお相手もして頂き、
今日もおもちゃをくださいました。

あ、それも「今日のもらいもの」ですね。
早速忘れるところでした。

我が家は文字通り皆様に支えられて成り立っておるのです。
いやはや、本当にありがとうございます。

疾風のように現れて・・・

本日午後になって一本の電話が入る。

「今島にいますか?」

電話の相手は、横山史さん。NPO法人Eyesの代表だ。
Eyesは横山さんが数年前に立ち上げたインターン支援事業で、
学生と企業をマッチングさせることで人材と企業のポテンシャルを引き出し、
地域の活力を生み出そうというものだ
(と僕は理解している、間違えたらごめん)。
最初に出会ったのは、まだEyesの立ち上げ前だった。

彼女も東京から一念発起して
愛媛に I ターン(Jターンか)して社会起業したから、
年は若いが地域活動家としても社会起業家としても
I ターン者としても先輩だ。
彼女の活躍は大変刺激になるし、彼女のおかげでネットワークも広がった。

果たして電話の用件は、「今から行ってもいいですか?」だった。

「え?」

お世話になっている彼女の依頼とあれば、
むげに断るわけにはいかないが、今時刻は14時半。

聞けば現在地は松山。どう急いでも2時間半はかかる。
カフェの営業は18時までだし、18時からは予定がある。

「ま、そういうわけだから次回にしたらどう?」
と言って電話を切り、胸をなでおろした。

ところが数分後にまた掛かってきて、
今度は「行きます。」という検討結果だけを伝えてきた。
なんでも東京のお客さんが来ていて、島に行こうときかないのだそうだ。
そうなりゃままよ、と到着を待った。


一体そんな迷惑な客はどんな顔をしているのだと港で待ち構えると、
これがサプライズ。
フェリーから降りた車の運転席に座っているのは僕も知ってる顔だったのだ。

その顔とはETICの伊藤さん。同乗するのはその同僚の由利さん。
あとEyesの竹下さんに代表の横山さんの男女4人冬物語。
さながらグループ交際だ。
実に楽しそうだ。実にうらやましい。

失礼、取り乱してしまいました。

ETICは著名なNPOで、
これまた若者のインターン支援や起業支援を手掛け、
地域社会とのつながりを重視した施策も行う
(と僕は理解しているが間違えてたらごめん)。

島に着いても一時間ちょっとしか時間がないとわかっているのに、
わざわざ気にかけて貴重な時間を割いて来てくれたのかと思うと、
そりゃもうジーンとくるものがあった。

せっかく島に来たのだからカフェだけではもったいないと、
カフェに予約の電話だけ入れると、
お気に入りスポットの佐島・福羅湾へと車を飛ばした。
ひょっとしたら夕日に間に合うかも、と思ったのだ。

狭い道を世界ラリー選手権ばりにぶっ飛ばして、
我ながら何と環境にも島の人にも
来客にもやさしくない運転なのだと思いつつ、
遠路はるばる来てくれた客に夕陽を見せたい一心で目的地に向かった。

しかしその思いもむなしく、湾に着いたのは日が沈んだ少し後だった。

それでも徐々に暮れていく静かな砂浜にたたずんで、
皆ひとときの安らぎを得たように僕の眼には映った。

Eyes
Etic

カフェでゆったり過ごす間もなく、
弓削の天然鯛のパスタとドリンクをかけこんで、
追い返すような形で帰してしまったが、
それでもわずかの時間に、島の実情や、しまの会社の取組、
東京や松山からの学生の島インターンプログラムの可能性についても
話すことができた。
来てもらえて本当によかったと思う。

疾風のように現れて疾風のように去っていくとはこのことだが、
これも何かの御縁。
この縁をちゃんと形にしていきたいと思う。

いずれにせよ、今度はゆっくり来てくださいね。
有難うございました。

恩師VSみかんの鉄人

神奈川から、松下政経塾時代の恩師・平野仁先生ご夫妻に
お越しくださいました。
昨日弓削に入り、「しまでcafe」に立ち寄っていただき、
ロッジで私たち家族と夕食をご一緒していただきました。

平野先生は、松下政経塾・松下幸之助塾主が
体育の指導を依頼した伝説の指導者で、
それより以前には東京オリンピックの
マスゲームの監督なども務められたこともあります。
政経塾の名物イベント「100km行軍」の考案者として、
現役塾生に恐れられる存在です。

我が息子・玄を抱く時の笑顔は、
そんな過酷なイベントの考案者とは思えないほど柔和でした。


今朝は私と同じ久司浦(くじら)地区に住む
みかんづくりの巨匠・松村さんに案内いただき、
海を見渡す斜面にある松村さんのみかん畑に連れて行っていただきました。

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松村さんは、みかんだけでなく、レモンやいよかん、
せとか、はれひめなど沢山の柑橘を作っており、
一目でうまいかどうかを判別できる目を持つみかんのプロです。

みかんをもいでは食べ、食べてはもぎながら、
島の巨匠・松村さんの語るみかんのお話、
おいしいみかんの見分け方や育て方などを聞きました。

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しかし、巨匠の松村さんですら一人では
荒れゆく島の畑をどうすることもできません。
周りの雑木林を指差して、
ここも皆昔はみかん畑だったとつぶやく松村さんの目は、
とても寂しそうでした。

眼下に海を見下ろし、南から潮風を受けるこの畑も、
松村さんが長年培ってきたこのすごい知識や技術も、
このままいくと消えてなくなるのです。

なんとかこのすごい島の財産、
いや日本の財産を残す道を探りたいと思いながら、
畑を後にしました。

平野先生ご夫妻、松村さん有難うございました。

へっぽこ教授!?

知人の依頼で、なんと大学で講義してきました。
松山大学の「社会人セミナー」ということで、
様々な社会人を講師に実施されている講座の1コマを受け持ったのです。

Photo_2

こんなへっぽこから講義される学生も気の毒ですが、
知人からお願いされたのだから仕方ありません。

経済学部生二十数名(ゼミ生)が対象でしたが、
久し振りに自分以外が自分より若い(ほぼ半分の年齢)世代に囲まれて、
ちょっとドキドキしました。

島での取り組みを紹介し、上島町と弓削島をアピールしてまいりました。
居眠りゼロを目指したのですが、若干名を夢の世界へいざなってしまったようです。
それでも終わった後近寄ってきて

「商品企画を考えてみたんですけど。学生とコラボで商品化できないでしょうか?」

なんて言う積極的な学生もいてびっくりしました。
とても嬉しいですね。

嬉しいのは、決してそれが女の子だったからではありません。
いや厳密には、女の子だったからのみではありません。
地方にいても何かやってやろうと感じさせる意気込みを、
若い世代から感じられたのが嬉しかったのです。

「漁師好きの人、いたら紹介します。」と言って締めくくりましたが、
本当に紹介できる機会があるといいなと思います。

島には彼ら彼女らが体験したことのないものが沢山あるでしょうから、
都会のエネルギッシュな若者と島の自然やコミュニティなどの素材を、
つなぎ合わせると地方ならではの面白い発想が生まれてくるかもしれません。

ちなみに教務課のKさんは弓削島出身であることが判明。
たまたま居合わせた上杉先生に引き合わせていただき、
先生には駅までお送りいただき色々お話しできました。

松山大、好きになっちゃいました。

大学も象牙の塔ではなく、どんどん地域に出てくると面白いですね。
学生にとっても地域にとってもいいことだ。
がんばれ学生!俺もがんばる!

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