希望の島プロジェクト 仲間たちのブログ

そして、それはつながった。

先日、タケダさんが予告したとおり、
本日朝8時ころ佐島と生名(いきな)島を結ぶ生名橋がつながった。

7時前くらいからクレーン船がゆっくりと動き始め、
途中時間が止まったかのようであったが、
最後はごくあっさりと、
収まるべきところに収まるべきものが収まって、
そのショーは幕を下ろした。

橋からやや離れた弓削の海岸からは、
クレーン船のエンジン音も聞こえず、ただただ静かに作業が流れ、
時代が変わっていくのを見届けるような気持ちになった。

これで、弓削島から生名島まで上島町内の三つの島が結ばれた。
この大型ハード整備の島にもたらすものが何なのかは、
まだわからない。

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↑ 新旧交通手段の交代劇。
手前はこれまでの島民の足、青丸フェリー。
橋開通後に廃止される。
どのような気持ちで橋の勇姿を見つめているのだろうか?
車を持つものにとっては橋は一定の利便性をもたらす。
その陰に見落としてしまっているものはないだろうか?
青丸は何も答えず、いつもどおりただ静かに、
いつもどおり定刻をやや遅れて過ぎ去った。

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↑今日は、新学期の始まり。
青丸で生名島から弓削中学へ登校する生徒たち。
昨年、生名中学は、弓削中学に統合された。
橋がつながれば、小学校も統合されるだろうか?

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↑ パズルのラストワンピースがはまった。

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by へっぽこ代表

再生畑には夢がある!プロジェクト 応援メンバー募集開始!

昨年度の耕作放棄地再生プロジェクト、「REFARM四国in上島」

を引き継ぐかたちで現在進行中なのが、

「再生畑には夢がある!プロジェクト」

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まずは上島町民が中心となって「再生畑軍団」を結成し、

土を耕すところからはじめています。

これから愛媛のチカラを結集させて、耕作放棄地を再生してゆくべく、

「再生畑軍団」と一緒にプロジェクトを応援していただけるメンバー(以下、応援団

30名募集(限定)させて頂いています。

応援団の方には、耕作放棄地のオーナー権をご提供し、

ラジオ番組への出演等も特典として予定しています。

応援団登録費用:20,000円です。

(定員30名に達した時点で募集締め切りとさせていただきます。)

ご興味のある方は、

しまの会社までご一報くださいませ↓↓↓

株式会社 しまの会社
〒794-2506 愛媛県上島町弓削下弓削830番地1
電話/FAX 0897-77-2232
メール info@kibounoshima.jp

現在再生畑は、秋冬野菜の栽培に向けて、

着々と準備が整いつつあります。

そんな野菜の生育状況、プロジェクトの進行状況などは、

本ブログ、およびアメーバブログ「再生畑には夢がある!愛媛

に随時アップしていきます。

どうぞ、応援よろしくお願いいたします。

※本プロジェクトのロゴは、耕作放棄地の認知度向上を加速するべく、

愛媛の農林水産物統一キャッチフレーズ「愛媛産には、愛がある。」を見ながら作成しました。

もうすぐ、もうすぐ

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平成16年度の事業化から6年が経って...

いよいよ生名島と佐島を結ぶ、「生名橋」(橋長515m)が連結されます。
国内では初めて、主塔に鉄筋コンクリートを用いた鋼・コンクリート混合斜張橋を採用した橋で、今日から1週間後の9月1日に、最後の鋼桁1ブロック(約29m)が架設される予定です。

今冬の供用開始を前に、架設後にはセレモニーも予定されているようです。

島と島が結ばれる、めったにお目にかかれない瞬間。
6月の移住以降、弓削島と佐島の中をぐるぐる動く毎日ですが、
やっぱり、おすすめビューポイントは佐島港の付近です。

タケダ

仲間たちのブログ

こんにちは、しまの会社スタッフのケイです。
突然ですがしま日記にお邪魔させていただきます。

へっぽこ代表のしま日記として続いていました本ブログですが
仲間も増えたぞ!ということで、さまざまなスタッフが
しま暮しを書き込んでいく、仲間たちのブログとして
新たにスタートさせていただくことになりました。

それぞれのしま日記、お楽しみいただければ幸いです。

昨日、しまの会社では取材のために
海辺でバーベキューをしました。
料理名人のスタッフが見事な包丁さばきを披露、
それはそれは美しくカットされた弓削島産の野菜たち、
そして岩城島のレモンポークなどを
美味しく食べました。

後片付けもだいたい終わった後で、
小さな木の椅子に座り
みんなでちょっとビールを飲みました。

月が波を照らします。
「静かですね」とつぶやく声も響くくらい
弓削島の夜は静かです。
昔東京の表参道で、街明かりに照らされて
終電近くも鳴いていた、無数の蝉を思い出しながら
もう話すのもやめました。
できればそのまま海辺に座り続け、
静かさの中に居たい夜でした。

新しいしま日記をどうぞよろしくお願いします。

ケイ

ボンジュール、ボンジュール。

いよいよ始まりました。
「日仏交流美術展『Le Sel』」。 

日本とフランスの現代芸術家数十人が、
弓削島を舞台に、
歴史ある「塩」をテーマに創作したアート作品を展示しています。
フランス人が続々島に上陸。
今、島ではフランス語が公用語になっています。(うそ)
トレビアーンな二週間に、ぜひ島へ!

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カモミールの丘。

佐島の南のはじっこに、
とても見晴らしのいい丘があります。

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今、カモミールが咲き乱れております。
カモミールのベッドの上で昼寝をしたら気持ちよさそうだな、
と思いつつ、
お昼ご飯の時間が近づいていることを思い出し、
花よりだんごよ、とばかり、
颯爽と引き返したのでした。

ちぬ。

久司浦(くじら)の岩城滉一こと、京一さんは、
僕か家内が家にいると、
「おーい。バケツ持ってこーい。」といって、
今とってきたばかりの魚をおすそ分けしてくれます。

今日は、身のしっかり締ったチヌ
早速、塩焼きにして美味しく頂きました。
京さん、ごちそうさま。

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くじら青年部

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今年のお薬師さんでは、
久司浦(くじら)部落の有志が、東泉寺の参道沿いにある集会所前で、
とれたての鯛や、太刀魚、カワハギ(ハゲ)、イカなどの鮮魚や
手作りの魚の燻製を販売しておりました。
地元のお宮さんから名前をとった「第一回大森市」です。

何度かに分けて水揚げされた魚が、
そのたびごとに集会所に運ばれ、並べられるのですが、
新鮮な上に激安特価なのであっという間に売れてしまいます。

50~60代が中心の自称「久司浦青年部」の皆さん、お疲れ様でした。

地域の行事を支える人材が高齢化、減少していきますが、
昨年から始まった鯨漁港の「鯉の海渡し」といい、
何とか行事を盛り上げ遺していこうという気概が出てくるのは、
決して「ろうそくの灯」などではなく、
どちらかといえば「けがの功名」のようなもので、逆転劇の第一歩だと、
僕は予感しています。

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お薬師さん2010

小生宅は久司浦(くじら)部落の5組に属するのですが、
5組は今年の東泉寺の「お薬師さん」の「当番」なので、
お手伝いをしてきました。

玄(はじめ)はお薬師さんにお参りにくる知り合いに、
次々に面倒を見てもらいながら、
家内は本堂でのお接待(お茶とごはん)、
僕は、境内で甘茶売り。

「かつては島外からの参拝客にあふれたお薬師さんも
今はさみしくなってしまった・・。」と、
昔を知る人は語ります。

でも実際にお寺で参拝客の出入りを眺めていると、
今のお薬師さんの集客力だってなかなか見事なものに思えました。

島四国も、秋祭りも、初もうでもそうでしょうが、
一年の息災を感謝したり、祈ったり、
その人たちをもてなしたり、
そういう気持ちが表現される行事というのは、
それだけで、なかなか素敵なものに思えます。

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たけのこ、のこのこ。

東京から愛媛(内子町五十崎)に帰ってきた、
自由人・シンペー君が、東京にいる彼女の裕美ちゃんを連れて島に来てくれたので、
島遊びの師匠、大谷のカズミさんとお姉さんのリョウコさんにタケノコ掘りに連れて行ってもらいました。
去年は見つけられなかった顔を出す前のタケノコを今年こそはと探しましたが、
まだまだ修行が足りず、あきらめてちょっと顔を出したやつを掘りました。
背負うとフラフラするくらいのタケノコをもらって帰りました。

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